突然虚無感に襲われ学んだ、脱出するまでに私がした事。

目次
【私が突然虚無感に襲われた日】
皆さんはこのような状況になった時、どう乗り越えているでしょうか。年齢やその時の状況によって乗り越え方は様々で、その度に自分に合った乗り越え方をアップデートされているのではないかと思います。
今回は30代の私がある事がきっかけで突然虚無感に襲われ、その後乗り越えるまでにやった事をお話ししたいと思います。なので内面的な話も交えていきたいと思います。
今考えるとそれは病気が見つかった時から徐々に始まっていました。薬を飲んでいれば大丈夫な程度の病気で大病ではなかったものの、経過観察の為しばらくは月に数回通院する事になりました。通院が始まってから処方された薬も飲み始めたのですが、少しするとその副反応などの影響もあり、体の痛みと精神的にも不安定に陥っていました。そんなある日、久しい友人から連絡がありました。久しぶりに会おうという話になり、子供も含めて一緒にご飯に行く事にしたのです。その時の体調は落ち着いており、その場の再会は驚きと喜びの連続でとても楽しい時間を過ごす事ができました。
しかし、問題はその翌日でした。体の痛みで再びどんよりとした日が始まりそれと同時にとてつもない虚しさが込み上げてきたのです。止まらない悲しみ、不安、息苦しさ、処方されている薬の影響でホルモンバランスも崩れているせいなのか、更年期みたいな症状ってこの事なのだろうか考えたり、とにかくとてつもない虚無感みたいなものが私を襲いました。子供が寝て一日が落ち着くと、虚しさが急に込み上げてしまい毎晩のように泣いていました。そしてそれがしばらくの間何日も続いていました。
無理をするのは辞めよう。毎日自分に言い聞かせていました。そしてその間、私は不安に飲み込まれないよう精神を保つ為に色々試してみました。その結果今では心が軽くなったので私なりにやって良かった事をシャアしたいと思います。
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【その1、クリエイティブな世界や芸術作品に浸る】
元気な時に自分が気になっていた映画やアートを観て刺激を受けました。想像が膨らむクリエイティブな世界や芸術作品にとにかく浸りました。激しい運動も医者から止められできなかったので、時間があれば家で映画を観て、休みの日は子供とアート鑑賞に行きその場の世界に浸りました。どちらもポジティブな事もネガティブに見える事も全てが作品として楽しめる事ができるので、その時間はとても楽しく色々な痛みを忘れる事ができました。私が楽しんでいると子供も飽きずに一緒に楽しんでくれたので嬉しかったです。

そして少し落ち着いた頃に自分とまともに向き合えるようになったので、この不安はどこからくるのだろうかと自分に問う余裕ができました。そして次にやった事。
【その2、読書をする】
家事をしながらオーディブルで本を読んでモヤモヤしている気持ちは何なのか探す事にしました。この時始めに本を気軽に読む時間が確保できないと思ったので、オーディブルに切り替えて本を読む代わりに隙間時間に聴く事にしたのです。本を読みたくても眠くなってしまったり時間がないなんて悩みも一気に解消されました。悩みの原因を探しているうちに自分の内側からくる不安(モヤモヤ)が安定し落ち着きを取り戻す事ができました。
【その3、自分と同じような経験者の乗り越えたブログを読む】
この時自分と向き合うと私はこの体を借りて日々生きているんだと実感する程、何だか気持ちと体が離れてしまいまるでそこに存在している自分の体は抜け殻のように思えたんです。なので自分と同じような経験をした人がいないか、もしもいたらその人はどのように乗り越えたのか気になりネットで様々なブログを読みました。周りの人には気軽に聞けない事だったので、ブログで他者の気持ちを読みながら納得いくまで自分探しをしました。
そしてある日、気がつくと自分と周りの状況の景色が全く別の世界に見え始めました。

変な表現かもしれませんが、気がつくと自分の心と体は再び一緒になって一人の人間になっていました。なのでこの時私の気持ちが楽になった言葉の一部をシャアしたいと思います。
【救われた言葉】
「他人と自分を比較しない」
「相手を許すと自分も相手も軽くなる」
「今ここに生きる」
「答えを探すのではなく自分に問い続けることが大事」
一つずつ説明していきます。
「他人と自分を比較しない」

まず「他人と自分を比較しない」です。これって実は簡単にできる事ではありません。人間は無意識のうちに誰かや環境などと自分を比較してしまうものです。もちろんこれがプラスに動く時もあります。比較する事全てを否定しない上で、この時の私には比較する事がマイナスに動いている事に気がつきました。
自分の周りには健康的で頑張っている友人の姿がたくさんありました。それを見て嬉しくもあり羨ましくもありました。そして自分がもっと健康だったら思うように働けて行きたいところにも行けるのに。と自分を攻めてしまっていたのです。自分を自分で攻めてしまってはどんな時も最高の味方のはずの自分が敵になるようなものです。それはとても苦しい事です。なので他者と自分を比較するのを辞める事にしました。自分は「今」を「自分なりに精一杯に頑張っている」と、すごく小さくて些細な事でも何かを達成できたら自分を褒める事にしたのです。それを繰り返すうちに段々と心が軽くなっていきました。
「相手を許すと相手も自分も軽くなる」

思い出せば傷ついた出来事や許し難い出来事は色々ありました。私はその時平気な振る舞いをしたとしても何処かでしばらくは引きずってしまうんです。それでも忙しさを理由に気にしないようにすればいいと思って、傷ついた自分に全然向き合ってこなかったからいつまでもトラウマになって思い出してしまう事に気がつきました。
この言葉から自分を客観的に見てみると、まるでそれらを私が許す事を試されているかのように思えたんです。だから全てをまず自分に対して許す事にしたんです。自分は何故そのような事をされて傷ついたのかを考えました。するとその原因は大抵嫌な思いをした過去の出来事からくるものだったりしました。トラウマは現在に繋がって再びトラウマになっている。そのお陰で自分で自分を守る事を覚えていった。そしてそれを自分で認めてから、あの時はよく耐えた、心配しなくても大丈夫。などと納得いくまで繰り返し自分を励ましてあげます。その次に過去と現在の出来事は別であると切り離します。そして現在の全てを否定する必要がない事に気づいてあげる。生き方や考え方は人それぞれだからそのように行動したり言う人もいるだろうと軽く考えたんです。人間は様々な思考を持つ「生き物」だと考えました。すると嘘のように気持ちがスッと軽くなりました。
「今ここに生きる」

若い時はこんな人物になりたいとがむしゃらに生きてきたと思います。そしてそれなりに思い描いたものを手に入れてきたかもしれません。しかし今では状況的にそう簡単にはいかなくなりました。今回で例えると、なりたい未来を思い描いて、やる気満々になっている時に突然病気が発覚し思わぬ足止めを喰らったり。何かを計画していても子供や家族の事情でできなくなる事は多々あります。自分の都合だけでは動けなくなる時があるんです。そんな時に私はいつも焦っていました。ここではないどこかを思い描いてこれじゃダメだと焦っていたんです。ある人のブログを読んだ時、空想の自分を思い描いて焦ってないで、今何をするかがその人の次の日の人生を作っていく。その積み重ねこそが自分の人生だと書かれていました。私はハッと我に帰りました。最近の私は生活を豊かにしたいと焦る度に何かをしなくちゃいけないと考えていて、心が全然今ここに生きていなかったんです。でもそれが今の状況ではやる事が難しいと気がついたならば、それをダメだと否定せずに、一日一日小さな目標を立ててそれをただクリアしていけば良くて、それが今の自分の人生なんだと気がつきました。例え思っていた何かが実現できなかったとしても、今この瞬間に集中していれば充分に幸せである事に再度気がついたんです。気がついたというのは私の場合小さな事(休憩でお茶を飲んだ時や子供との会話など)でも今この瞬間こそが幸せであると感じたんです。すると焦りも自然と消えていきました。
「答えを探すのではなく自分に問い続けることが大事」

そして最後が「答えを探すのではなく自分に問い続けることが大事」と言う言葉。私はこの言葉にまず安心しました。どういう事かというと、何か考えた事の答えを探すのではなく、「何故」と自分に問い続ける事を辞めなくていいんだと思ったんです。数式のように答えが見つかると解くのを辞めてしまうのではなくて、人生には問う事が何度も繰り返しあるもので答えなんて実はないという事と、そのやり方は無数に存在していてそれを自分で見つけたり、選択していく事こそ人生の学びなんだという事でした。私の場合はあまり人には相談しないタイプで、よく一人で考えすぎて訳わからなくなったりとかあるんですが、それで良かったんです。今の自分にはどんなやり方ができるのかを考え、目の前のそれを進めていけばいいんです。答えなんて存在してないのだから。そしてその時にそれが上手くいかなかったらそれが学びになるし、またそこから問いが生まれて再び別の事を選択したりして自分の人生は自分が決めていいんです。人生は答え探しじゃないとわかり自分の中に安心感が生まれたのです。
【最後に】
私は哲学者でも精神科でも宗教信者でも何者でもありません。ただ存在している一人の人間です。その一人の人間が願っていた事は、今より豊かになって毎日ハッピーに生活をしたいという事。そしてそれに憧れ、それを目標に努力する事が何より大切だと思っていました。しかしそれが思うようにいかなくなって虚無感に襲われる程最悪な環境に見えた世界から学べた事が山ほどありました。そして何か大きな事をしなくてもこの瞬間がすでに幸せなんだという事に再び心をシフトすると心が豊かになりました。つまり私の願いは今この瞬間に叶っていたのです。幸せは一番身近に存在しているとは正にこの事。私は哲学に救われました。
そしてこんな記憶が蘇りました。まだ幼かった10代の頃、芸能関係の打ち上げで知り合った男性がこんな事を私に教えてくれたんです。「悩みは人生のつきものだから哲学を学ぶといいよ」と。今私にとって哲学は人生の一つの道標なのかもしれません。